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校長先生から 1学期終業のことば

2020年08月05日

2020年度 1学期「終業のことば」(短縮版)

 

このたびの豪雨災害に胸を痛めています。誰もが2年前の西日本豪雨と重ねたことでしょう。

1分間の黙祷を捧げましょう。

 

長い休校を経て、運動会、各種の大会、コンクールなどの中止を受け止め、6月からようやく平常の生活に戻りました。みなさんと先生方の努力のおかげで、いち早く平常を取り戻すことができたと思います。心から感謝いたします。

 

目線を世界に向けてみましょう。

学校の全面再開は世界では少数派です。全面休校を続ける国・地域は約50%と、なお半数を占めています。それらの国・地域にいる児童、生徒は約11億人。世界全体の6割を占めると推計されています。その打撃は、アフリカやアジア、中南米に多い低所得国に顕著です。

これは当然、学力水準の低下を招き、それが所得水準の低下につながります。つまり、貧困の負の連鎖が続く恐れがあるのです。「世界のすべての子どもたちに教育を」と訴え、2014年にノーベル平和賞受賞したマララ・ユスフザイさんを思わずにはいられません。

 

目線を私たちの日常に戻しましょう。

これまで感じたことのない「人と人との距離」を意識せざるを得なくなりました。特効薬が開発されていない現在、ウイルスの感染を防ぐには、人との接触を避けるか、複数の人が触れるものに触れないようにしなければなりません。それは何を意味するか。

休校中のメッセージでも発しましたが、これから少し「共感力」をテーマに話をします。

人類の文明は、人と人がつながり、その環を広げることで生まれ、育まれてきました。音楽や言葉が生まれたのもそのためで、人と人とのつながりとその環の広がりが、農業や工業などの発展、そして産業革命をもたらし、それが現代の生活の基盤となっているのです。多くの人とつながること、また、自由に移動し、他者と直接出合うことが、好奇心を生み、科学を発展させたのです。

人とのつながり、出合いが、人の幸福を満たしてきました。親しい人との団らんとか、いっしょに食事をすることで、人は幸福を感じてきたのです。それが、地域社会の共同体を生み、その共同体がまた、地域の政治や経済や文化を育て、育んできたのです。

そうとらえると、「人との距離」の制限、自由に移動できないことは、人類が進化と文明の歴史を通じて育て上げてきた「人とのつながり」を断ち切るのに等しいことなのです。まさに、新型ウイルスは、現代の人間社会の盲点を突いています。

この状況で、私たちが意識しなければならないことは何なのか。改めて考えてみなければならないと思います。

2018年初夏に行った「ホンモノ講座」。講師だった京都大学霊長類研究所の湯本先生から私が教わったこと。それは、ゴリラやチンパンジーにはなくて「ヒト」にあるもの。それが「共感力」でした。他者の悲しみや困難が「自分や家族だったら…」と想像し、共感すること。その力こそ「人とのつながり」を断ち切る新型ウイルスに悩む私たちが、決して失ってはならない力だと思えてなりません。

私は、ノンフィクション作家の柳田邦男が大好きで、学生時代から彼の著作を愛読しています。

この『犠牲』(タブレット画面に向かって本を示す)は、柳田邦男の実の息子さんの脳死に係わる記録です。その柳田邦男が提唱する「2・5人称の視点」を私は大切にしたいと思っています。柳田邦男は、他者の悲しみや困難が、「自分や家族だったら…」と想像し、他者に共感する視点を「2・5人称の視点」と呼んでいます。

最近、難病患者に、薬を投与して死亡させたというニュースがありました。

ALSは「筋萎縮性側索硬化症」という病名です。体の筋肉を動かすのに必要な神経が冒されるので、次第に全身の筋肉が動かなくなっていく病気です。

この事件を知って、私はとてもショックで、しばらく何度も、同じ新聞記事を読みました。それは、私の父がALSだったからです。日に日に、体の動きが困難になっていく父、気弱になっていく父を見るのはとても辛く、悲しい日々でした。母や兄や私は、励まし続けました。

だから、この事件は決して他人事ではなく、「2・5人称の視点」以上の「共感力」が働きました。

もちろんそれは、「死ぬ権利」にではなく、「生きる権利」に対する共感です。

休校中も含め、この1学期、社会では多くの出来事がありました。

・・・BLM(Black・lives・Matter)といわれる黒人に対する人種差別の問題、プラスチックゴミによる海洋汚染の問題。福山出身の文豪・井伏鱒二の『黒い雨』はあまりに有名ですが一昨日、この「黒い雨」訴訟で原告84人すべてが被爆者と認定される画期的な判決が出ました。

すべて、「自分や家族だったら…」と想像しなければならない出来事です。

本(読書)や新聞は私たちに「考えるヒント」を授けてくれます。みなさんも先生方も是非、本や新聞を読む習慣を日常化してほしい。

 

6年生の諸君、思うように学習がはかどらず、進路に不安を抱えている人も多いと思います。先生方や仲間を信じて、夏休みも「仲間と共に」、切磋琢磨して学習に励んでください。

すべての諸君。社会のなかでもがき苦しんでいる人、すなわち、「社会的弱者」と言われる人。子どもたち、お年寄り、障がいのある人、病気の人、経済的困窮者等々に、「自分や家族だったら…」と想像し、「2・5人称の視点」で、共感する力を持ってほしいと思います。

この新型ウイルスの問題は、「自分さえ良ければ」という自分の利益優先の、あるいは自国優先の考え方、つまり、利己主義(エゴイズム)が通用しないことを証明しました。そして、国境や民族を超え、年齢や性別にかかわらず、すべての職業が尊重し合い、すべての人が手を取り合わなければ克服できない問題だと思い知らされています。であるなら、私たち人類がこの問題を克服し、解決するには、やはり、「共感力」が必要なのだと、私は思います。

 

最後に、これを見てください。

6月10の新聞広告です(タブレット画面に針のない時計が描かれた新聞広告を示して)。この日は、100回目の時の記念日だったそうです。

新型ウイルスで、私たちの日常が止まりました。しかし、文章の一番下に「時はあなたが刻む」とあります。時計に針がありません。その針は、「自分の心」であり、だから、「時はあなたが刻む」という意味だということです。

『モモ』(タブレット画面に本を示して)という本を知っていますか。私はこの本の95頁に、作者が言いたい核心があると思っています。こう書かれています。

「時間とはすなわち生活なのです。そして生活とは、人間の心の中にあるものなのです」

「時は自分で刻む」のです。その時その時を、自分でどう使うか。

短い夏休みですが、思いっきりクラブをしたり、勉強したり、一日中本を読んだり、家族や友達に手紙を書いたり、進路について、あるいは人生について、思いっきり考えたりする時間を刻んでほしいと願っています。8月18日、元気に会いましょう。終わります。

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