2022年03月11日
「仲間と共に」~117年変わらぬ伝統~2
前略
諸君、中学卒業、おめでとう。君たちは3年前、激変するこの時代の難問に、自ら道を拓く開拓者、すなわちパイオニアとして、果敢に挑戦するチャレンジャーとして盈進に入学した。そして、その名にふさわしく、いまここにある。
この2年間、みんなが大好きで楽しみにしていた、そして、みんなの能力や可能性を存分に発揮できるクラブ活動や、運動会や感謝祭、フィールドワークや鑑賞会、そして、沖縄学習旅行が中止になったり、延期になったり、規模が縮小されたりして残念な思いが募ったことだと思う。
だけども、そんな中でも、君たちは盈進生らしく、仲間を思い、家族を気遣い、そして、自分を律して、規則正しい生活を崩さず、また、生活が制限されても腐らず、前向きに努力を積み重ねてきた。だから、学内での感染拡大を極めて最小限に抑えることができた。そんな君たちを私は心から誇りに思う。また、そんな生徒たちを、常に支え続けてくださった保護者のみなさまに、この場をお借りして、改めて心から感謝申し上げます。
先ほど「優秀生徒」で表彰された生徒は原則、県大会3位以上の成績を収めた生徒たちである。これらの生徒は言うに及ばず、その他にもこれまで3年間、すばらしい活躍をした生徒がここにたくさん集っている。詳しくは、本日配布した「活躍した生徒一覧」をご覧いただきたい。
その君たちの校内外での活躍の「ひとつの象徴的な出来事」として、女子バドミントン部の中国大会出場があった。盈進中学校創立以来の快挙だった。応援席から選手の戦う姿を見て、私は思わず、拳を握り、熱を込めて応援したし、わが盈進に新しい伝統がつくられたと思えて、実に誇らしかった。そう、こうして、盈進の新たな栄光の歴史は、君たち自身が刻んでゆくのであって、輝く伝統は、君たち自身の活躍によってのみつくられるのだと、私は確信した。
君たちは、きょうから1ヶ月も経たずに新しい仲間を迎えることとなるが、次なる3年間はその仲間たちと共に、君たちの手でこの盈進をもっと輝く伝統校につくりあげてほしいと願っている。盈進の発展は、君たちの活躍にかかっているし、盈進の未来は君たちの手でつくられるのである。
君たち盈進生の存在意義を確かめる実践に読書ことを基礎とした「修了論文」がある。
私はこれまでも常に、建学の精神「実学の体得」すなわち「社会への貢献」に基づき、「仲間と共に、自分で考え、自分で行動する」という「盈進共育」を発信してきたが、修了論文はそれを端的に表現する実践である。読書は、「どう生きるか」という哲学を身につけるための大切な営為である。
読書科はもとより、日々の学習で身につけた「豊かな言語力」は他校の生徒とは違う「生きる力」である。それは必ず、難関と言われる大学への突破力にもなるし、君たちがよりにんげん的に豊かで、より知的に、よりしなやかに、より自ら輝く力になると、私は確信している。
修了論文最優秀賞の新居モエさんは、「どうして人は人を好きになるのか」と悩み、それを探究した。最優秀賞たる理由の第一は、論を展開するのに本を5冊、読み込んでいることであろう。よい論文の条件として、客観性はとても重要である。なかでも、新居さんは、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』という本から、こんな結論を導いた。「恋愛感情において、私が最も大切だと感じたのは、『愛してもらう』のではなく、『自ら愛する』ということ」と。そして、盈進読書科で最初に読む本『100万回生きたねこ』との共通項をたぐり寄せて、こう結論づけた。「そう、トラねこは100万回目にして『愛とは何か』を自分の中に見出すことができたのだ。『愛される』行為より『愛する』行為の大変さ、重要さ、重たさ……人間には……自分自身が『愛した』その思いが一番大切である」と。
現在も校舎内の通路に張ってあるが、読書感想文コンクールの校長賞は3人。1200字の原稿だった。それぞれの「結び」に特徴があった。
優秀賞の後藤美結さんは、『「悩み部」の復活とその証明』を読んでこう結んだ。「……私は何もしない0より、挑戦した結果の0を選ぶ」と。
優秀賞のもうひとり、横田英永さんは、宇佐美りんの芥川賞作品『推し、燃ゆ』を読み、こう結んだ。「中学3年生にもなると……早く夢を見つけなきゃと焦っていたが、これを読んで……自分のやりたいことなんて、ゆっくり見つけていけばいいじゃないか」と思ったと。横田さんの修了論文をもとにしたプレゼン動画も拝見したが、構成力が実にすばらしかった。
最優秀賞の藤井琉ノ介君は、『夢をかなえる人の考え方』を読んでこう結んだ。「読書によって大きく変化した自分がいる。壁にぶつかったときに……努力をして壁を楽しむことができるようになりたいと思い始めた」と。
ここに五木寛之の『青年は荒野をめざす』という古い本がある。私は、読書感想文コンクールの講評にこれを用いた。20歳の青年が、自分という存在を見つめ、思い悩み、青春とは何か、自分の目で世界を見てみたい、そして、にんげんが生きる意味とは何かなどと自分に「問い」を立て、世界中を放浪する物語である。学生時代に読んで、わたしも世界を見たくなった。そして私もひとり、世界に旅に出たことがある。
講評にこう書いた。「この本と出合って以降、私は「『読む』ことは心で世界の荒野を旅すること」と考えるようになった。諸君!ジャンルを問わず、中高時代に本をたくさん読んで、世界の荒野をめざして、心の旅に出よう」と。
「読書によって大きく変化した自分がいる」と藤井琉ノ介君の読書感想文にあった。ここにいる卒業生はみな、今後ますます、教室で、クラブ活動で、仲間と出会い、人と出会い、本と出合い、自分と向き合い、現状より高い次元にどんどん「変化」していってほしいと願う。ひとは、自らに問うて、悩み、変化しながら成長するのだ。「問い、悩み、変化する」。今日の私の話のテーマである。
君たちの先輩に山本真帆さんという新聞記者がいる。今日は「3.11」。11年前のきょう、高校1年生だった真帆さんも地震、津波、原発事故にことばを失った。理事長先生の信念から「盈進はずっと、被災者の方々と共にある」と宣言した。真帆さんは「被爆地広島と同じように放射能に苦しむ福島と、津波でがれきと化した東北に行きたい」と強く思い、震災4ヶ月後、福島と宮城の地に立った。
そして直接、被災者の声を胸に刻みながら自らに問うた。「どうすれば自然災害の中、人のいのちを救うことができるか。どうすれば傷ついた人々の声をもっと多くの人々に発信できるのだろうか」と。
だから、山本真帆さんは、慶應義塾大学総合政策学部を志望した。そこで防災学を専門に学び、大学3生の時に交換留学で1年間、脱原子力を宣言したドイツに学んだ。真帆さんが大切にしたのはやはり「どうすれば」といった問いであり、「なぜなのだろうか」という悩む行為である。
わたしの好きな科学者に永田和宏という京都大学の名誉教授がいる。物理学が専門だが、歌人でもある。癌を患う愛する妻を前にこんな歌を詠んだ。妻の河野裕子さんと二人で出版した本『たとえば君~40年の恋歌~』からひく。「ささくれて尖ってそして寂しくて早く寝にけり今宵の妻は」。
その永田先生が『未来の科学者たちへ』という本の中でこんなことを述べている。盈進では全校あげて朝夕のSHRは「問え、悩め」の時間だが、その実践の理由でもある。
「インターネットはすぐに答えを得られるので便利な反面、『なぜだろうか』と思って疑問を抱え込み、自ら考えるという時間を少なくしている。これでは想像力が働く時間がない。…『わからない』ことがあるからこそ『知りたい』という欲求がわくのだ。『わからない』という時間にどれだけ耐えられるか。その耐えている時間こそが〈知へのリスペクト〉を醸成する時間なのだ。どれくらい自分の中で問いや疑問を維持し続けられるか。…『どうしてだろう』という時間は心を豊かにしてくれる…」(一部改)。
わたしはいま、世界中の平和を希求する人々と同じように、ロシアのウクライナ侵攻・侵略に憤っている。
まして、プーチン大統領の「ロシアは世界で最も強力な核大国の一つだ」という発言、それも、核兵器を手放した国ウクライナに対する発言、つまり、核を脅しの道具にする発言、そして、実際に原発を攻撃する行動は、被爆地広島に暮らすひとりとして、怒りを禁じ得ない。
また、これに乗じて、核保有を匂わせる発言をする日本の政治家の良心を疑う。
ロシアの文豪トルストイは、わが盈進が創立された1904年、日露戦争で多くの死者が出たことに心を痛め、戦争の絶対悪を訴え続けた。「あなたは人を殺せますか」と。かの大統領には聞こえてはいまい。だがいま、その普遍の問いかけはいま、世界中に木霊している。わたしはそれに希望を感じている。
わが日本は、戦争放棄をうたう平和憲法にのっとり、世界の平和秩序の維持と回復に貢献しなければならない、とわたしは思う。
毎日、ウクライナ市民の苦痛に胸をえぐられる。されば、君たちが中学1年生の時に学習した谷川俊太郎の「朝のリレー」という詩から一部をひく。
カムチャッカの若者が きりんの夢を見ているとき(中略) メキシコの娘は 朝もやの中でバスを待っている(中略) この地球では いつもどこかで朝がはじまっている ぼくらは朝をリレーするのだ 経度から経度へと そうしていわば交替で地球を守る
「カムチャッカ」はロシア連邦の地域だが、それを「キエフ」に置き換えることができる。
諸君。この戦争は決して「対岸の火事」ではない。政治・経済はもちろんのこと、必ず東アジア、そして日本にも大きな影響をおよぼし、わたしたちの暮らしも変化を迫られるだろう。
だからこそ、どうしてロシアは侵攻したのか。ウクライナとはロシアにとってどんな土地であるのか。地政学の観点から、歴史や背景を読み解くことも国際情勢の読み方で、解決をたぐるための大切な視点であり、重要な学習である。
世界はウクライナの問題だけでない。現在もなおコロナが世界を覆う日々。米中の覇権争い、アフガニスタン市民のタリバン支配による苦難。香港の民主化統制。ミャンマーの圧政など、世界のあちこちで独裁者たちが人権と平和を侵害し、民主主義を踏みにじっている。難民問題も、子どもの貧困も、すべて、わたしたちの日々の暮らしに結びついている。だから、現在と未来は、君たちに託されている。そして、だから、盈進共育「仲間と共に、自分で考え、自分で行動する」ことがますます、求められる。そして、激変する社会を生き抜くための哲学を身につけることも、時代が求めている。そのためにクラスやクラブで心身を鍛え、本を読み、勉強し続け、自ら心と教養を耕してほしいと願う。
伝統校、わが私学盈進の合言葉は、建学の精神にのっとり117年間、ずっと変わらず「仲間と共に」。仲間との絆を大切にしてきたからこそ、117年の歴史が紡がれ、わが盈進はここにある。
諸君。次の高校3年間、新たに加わる仲間と共に、「平和・ひと・環境」を大切にして、さらに固い友情を育み、新しい盈進の歴史と伝統を築いてくれることを大いに期待する。「盈進、盈進、ほこれよ盈進」。建学の精神「実学の体得」~社会に貢献する人材になる~ために、新時代を築くパイオニアとして、チャレンジャーとして、常に「仲間と共に」努力しよう。
2022年(令和4年)3月11日 盈進中学高等学校 校長 延 和聰(のぶ かずとし)