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2024年度 2学期「終業のことば(校長)」

2024年12月19日

2学期終業のことば(校長)

去る11月29日、120周年創立記念式典。諸君と信頼する教職員といっしょにこの日を迎えられたことは幸せなことだった。「優秀生徒」の表彰があった。龍田君、塩田さんの生徒会長としてのことばもあった。どちらも実に誇らしかった。わが私学盈進の創立200年を確信した。

中略

2024年、元旦に能登半島地震が襲った。その後、豪雨災害も相まって被災地の復旧復興はいまだ、目処が立たないという。愛しい人を亡くし、大好きだった家や土地を奪われ、不自由な生活を強いられている方々を思うと胸が苦しい。決して忘れてはならない。

ことしは「選挙の年」だった。1月、台湾総統選挙で頼清徳氏が当選。3月、ロシアでプーチン大統領再選、7月、東京都知事選で小池百合子氏が再選。広島の安芸高田市長から転身した石丸伸二氏の得票が話題となった。

9月、自由民主党総裁選で石破茂氏が勝利。10月、衆議院議員選挙(総選挙)が行われ、自民党は少数与党となった。11月、米国大統領選挙でトランプ氏再選。兵庫県知事の再選挙もあった。

どの選挙でも、SNSを駆使した票の行方が話題を集めた。まさに「選挙が変わった」年でもあった。併せて、民主主義の「もろさ」を指摘する論説も目立った。

ヨーロッパでは、フランスの総選挙で排他的で極端な主張をする政党が躍進、ドイツでも連立政権が崩壊するなど民主主義が混迷を極めている。隣の国、韓国の政治の混乱については後ほど述べる。

今後、巨大な権力を握っているトランプ氏、プーチン氏、中国の習近平氏が牽引する国際社会は一体どこへ向かうのか。

でも……私は思う。民主主義とは単に選挙を介する政治システムのことではない。民主主義は、すべての人間の命と自由が尊重され、すべての人間が「共に生きる」ための政治でなければならない。そのために、それぞれが独立した人間として「自分には何ができるのか」を常に問う内面にこそ、その根本がある、と。

11月、国連気候変動枠組み条約に基づき、COP29(気候変動枠組み条約締約国会議)がアゼルバイジャン共和国の首都バクーで開催された。アゼルバイジャアンは西アジアとヨーロッパにまたがる国。

会議では200あまりの締約国が参加し、温室効果ガスの削減目標や政策、技術、資金の提供などについて議論した。2015年のCOP21において、いわゆる「パリ協定」が採択され、世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して1.5℃に抑えることをめざすとした。今世紀21世紀後半に世界全体の温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることが必要だとされている。

しかし、先進国の汚染によって地球が悲鳴を上げている現実に対して、先進国の具体的な対策や補償等が不十分だとして、開発途上国の不満がおさまらないのが現状だ。地球温暖化は私たち自身が肌で感じているように、まさしく人類生存の危機である。

地球温暖化はもはや、核や核兵器の問題と同じ次元にあると言える。地球温暖化によって豪雨災害、洪水や浸水などの被害が起きる。すると特に、開発途上国では感染症などの病気の問題が発生する。逆に、干ばつなどでも苦境は続く。貧しさに加え、このような暮らしが脅かされる日常には紛争や戦争がついて回る。

アフリカ中部のウガンダでは干ばつや世界的な食料高騰の影響も受け、餓死する人が絶えないという。この写真……1歳の双子の姉妹は、栄養失調で頻繁に発熱や食欲不振に悩んでいる。

紛争や戦争が続けば難民が発生する。ウガンダの北に位置するスーダンでは、紛争が終わるきざしが見えず、国外避難民は300万人以上、国内避難民は1100万人以上とされている。

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によれば現在、難民が多い国は、先日、圧政を敷いていたアサド政権が崩壊したシリア650万人、アフガニスタン570万人、ウクライナ 570万人で、全体の半分以上(52%)がこの3カ国に集中している。冬は、シリアで-2℃、アフガニスタンで-33℃、ウクライナで-20℃となり、UNHCRは寒さを防ぐための支援を世界に広く呼びかけている。私は個人的、継続的に支援しているが、彼らの痛みを思うとまた胸が苦しい。

貧困や紛争、それらがもたらす難民問題。そこには人権も平和もない。つまり、環境問題と人権と平和の問題はイコールでつながっているということである。だから盈進は学校の基調を「平和・ひと・環境を大切にする」とし、その問題を解決するために学習するという目的を明確に打ち出している。「平和・ひと・環境を大切に」しなければ、人類は生き延びることはできないのである。

その「人類が生き延びる」ために、「核のタブー」を世界に構築したことが受賞の理由だった。そう、ノーベル平和賞がことし、日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)に贈られた。授賞式で、長崎で被爆した92歳の田中煕巳さんがスピーチした。

ウクライナやガザでの戦争や紛争において核兵器の使用を示唆する言動があることに対し、田中さんは「市民の犠牲に加えて『核のタブー』が壊されようとしていることに限りない悔しさと憤りを覚える」と語り、スピーチをこう締めくくり、世界の平和連帯を求めた。「人類が核兵器で自滅することのないように。そして核兵器も戦争もない世界の人間社会を求めて」と。

被団協のノーベル平和賞については創立記念式典で、井伏鱒二の『黒い雨』を主な題材として述べたので、ここでは少しだけ触れる。授賞式での田中煕巳さんのスピーチで、どうしても忘れられない文脈があったので少し伝える。田中さんは原爆で5人の親戚を亡くした。そのときのようすである。

「一人の伯母は大学生の孫とともに黒焦げの死体で転がっていました。祖父は全身大やけどで瀕死の状態でしゃがみこんでいました。もう一人の伯母は大やけどを負い私たちの着く直前に亡くなっていて、私たちの手で、野原で、荼毘にふしました」「その時、目にした人々の死にざまは、人間の死とはとても言えないありさまでした。誰からの手当ても受けることなく苦しんでいる人々が何十人何百人といました。たとえ戦争といえどもこんな殺し方、こんな傷つけ方をしてはいけないと、私はそのとき、強く感じたものであります。」

どんなに熱かった、辛く苦しかったか、どんなに痛かったか……その痛みを私たちはありったけの五感を使って想像しなければならない、と私は思う。それが誰にでもできる、いや、誰もがやらなければならない田中さんなど、証言をしてくださる方々に対する“証言を聞く側”の真摯な態度である。

 

きょうの後半はその「痛み」をテーマに話をする。

平和賞以外のことしのノーベル賞。物理学賞、化学賞を受賞した研究にはAIが関連していた。文学賞は誰だったか。毎年、日本の村上春樹さんの名前が挙がっているが、ことしは韓国の作家ハン・ガンさんに贈られた。私はまったく不勉強で彼女のことは知らなかった。

ハン・ガンさんの作品を新聞で知ってすぐ、2017年に日本で翻訳出版されていた『少年が来る』を購入した。数ある彼女の作品から『少年が来る』を選んだ理由、それは韓国民主化運動の光州(カンジュ)事件を題材にしていたからだった。2001年夏、私は当時9歳の長男と私の仲間たちといっしょに光州事件で亡くなった若者(少年)たちの墓地に花を手向けたことがあったからだ。

光州事件は1980年5月、韓国の南に位置する韓国を代表する大きな都市、光州で起きた民主化闘争事件である。1980年5月、私は高校生。光州事件のことはうっすらと覚えている。

中略

……韓国は長年にわたり、軍事政権が続いた。1980年5月、全斗煥という軍人率いる政権に対し、選挙による政府(民主的政府)を望む若者(少年)たちを中心とする市民が立ち上がったのだ。民主化運動の中心的人物だった金大中が全斗煥政権によって逮捕されたのがきっかけだった。全斗煥は戒厳令を敷き、民主化を叫ぶ若者(少年)たちを、軍隊を動員して徹底的に弾圧する。

デモで抵抗する学生(少年)たちを軍は手当たり次第に殴打し、服を剥ぎ取り、下着一枚にしてトラックに押し込んだ。抵抗する市民は角材、鉄パイプ、火炎瓶などでわたりあい、ついにその数は2万人に膨れ上がった。軍は容赦なく投降した市民も射殺した。民間人168人が死亡。

『少年が来る』には次のような表現がある。

あのガキども(民主化を叫ぶ若者)を見てみろ、キム・チンスの背中を踏みつけていた将校が興奮しっぱなしで叫びました。畜生のアカ(共産主義者・社会主義者のこと)どもめ、降伏するってか?命が惜しくなったってか?片足をずっとキム・チンスの背中に置いたまま彼はM16自動小銃を手にして彼らに照準を合わせました。ためらいなく子どもたちを撃ちまくりました。思わず私も顔を上げて彼の顔を見ました。くそったれめ、いかす映画みてえじゃないか。きれいに並んだ歯をむき出しにして、彼は部下に向かって言いました。

今月3日、信じられないことが起きた。韓国の尹錫悦大統領が自分に反対する野党勢力を封じ込めようと「政治の停滞」を口実に戒厳令を宣言。それに反発した野党や市民が国会前で抗議。戒厳令は6時間後に解除されたが、その後、大統領は弾劾され、職務停止状態となった。この混乱はいまだおさまっていない。

戒厳令とは、国家の非常事態に際し、軍部が一時的に政治を統制したり市民生活を制限したりできる法令である。発動後は言論や集会の自由などが厳しく制限される。

今回、韓国の国会前に集まった人々の中には、光州事件の残虐な記憶が残った人もいたことだろう。その人たちが声を上げ、尹錫悦大統領の愚挙を食い止めた。そのようすに私は、光州事件を経験し、それに学んだ韓国の人々の民主主義の力を感じた。そして、その民主主義の力の背景にはきっと、ハン・ガンの『少年が来る』などの文学や芸術の力があったのだと信じたくなった。

『少年が来る』は、作者ハン・ガンが光州事件の資料をひもとき、真実を浮かび上がらせ、事件で命を失った若者(少年)たちの悲しみと、生き残った者たちが抱える深い傷を描くことによって、人間の尊厳と暴力の理不尽さを私たちに深く問いかける。実に静寂な文体の中に、生々しい残忍な弾圧の実態が描かれていて、時より次の頁をめくることがつらくなるほどである。次のような表現に胸がえぐられる。

……あえぐ一秒と一秒の間、手の爪と足の爪の中に彼らが錐を差し込むとき、息を、すって、吐いて、どうか、もうやめて、私が悪かったです、うめき声、一秒と一秒の間、また悲鳴、体がなくなってくれますように、今すぐどうか、今すぐ私の体が消えてくれますように……

そしてハン・ガンはたぶん、次のような表現で、この作品を書いた理由を読者の私に問いかけたのだと私は受け止めた。

つまり人間は、根本的に残忍な存在なのですか?……辱められ、壊され、殺されるもの、それが歴史の中で証明された人間の本質なのですか?……私は闘っています。日々一人で闘っています。生き残ったという、まだ生きているという恥辱と闘うのです。私が人間だという事実と闘うのです。……

ハン・ガンがノーベル文学賞を受賞したのは、光州事件のような抑圧的な歴史の痛みを忘れずに伝えていくことの重要性を文学で表現したこと、そして、過去の傷(=痛み)を冷静に見つめ直し、その記憶を継承することで、人間に痛みを強いる暴力の連鎖を断つ手がかりを見つけ出そうと文学を通じて試みたことではないかと私は思った。諸君も是非、ハン・ガンの作品以外でも、本を読み、人間の痛みを、全身を使って感じ取って欲しいと思う。

きょうのテーマは「痛み」。これは「悼む」。「悼む」とは、人の死を嘆くことである。ことしもたくさんの方が世を去った。私の大好きだった知人も先日92歳で昇天した。涙をこらえた。が無駄だった。

日本を代表する詩人の谷川俊太郎さんも亡くなった。彼は反戦反核の思いを込めてこんな詩を残した。

この詩は、ノーベル平和賞を受賞した日本被団協の運動拡大のために贈ったとされている。

原爆をつくるな つくるなら 花をつくれ つくるなら 家をつくれ つくるなら 未来をつくれ

戦争にちからはかせない だが 平和のためになら!

ことしは、大谷にはじまり、大谷に終わった1年でもあった。そんな気がする。大谷選手の日々の努力はすばらしいと思う。6年生諸君、最後の最後まで、仲間と共に努力しよう。ずっと応援している。

進路が決まった6年生は英語の勉強を最後までやり続けること、そして、後輩をサポートすること。

5年生、進路開拓、受験はすでに始まっているぞ。4年生、3年生も徹底して復習し、自分で自分の未来を切り拓くんだ。

 

最後に……私個人のことで恐縮だが、私が小学5年生の時からずっと、私に音楽のすばらしさを教えてくれた人が亡くなった。米国人の音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)。

アメリカで、いや、世界の音楽ファンで彼の名前を知らない人はいないと思う。偉大な人物だった。

クインシー・ジョーンズの抜群のセンスは、ジャズ、ポップ、ソウル、R&Bといった音楽分野だけでなく、映画やテレビの世界においても多くのアーティストの人生を豊かなものにした。

そのアーティストたちとは……レイ・チャールズ、サラ・ヴォーン、フランク・シナトラ、マイケル・ジャクソン、ドナ・サマー、ジョージ・ベンソン、ジェームス・イングラムなど実に数多い。

中でも、彼がプロデュースを手掛けたマイケル・ジャクソンの『Thriller』は、いまなお史上最も売れたアルバムであり続けている。

トランプ大統領の考えを批判したことでも有名だ。「人種差別や不平等、貧困などへの真のメッセージを(トランプ氏の)悪口が台無しにした」と悔やんだ。

このBGMはクインシー・ジョーンズ プロデュースの「Just Once」。高校生の時から私が大好きな曲だ。

2024年、私からの最後のメッセージは彼が手がけたこの曲で終わる。アフリカ支援でプロディースした1985年の大ヒット曲「We are the World」。マイケル・ジャクソンやレイ・チャールズ、スティーヴィー・ワンダーやブルース・スプリングスティーンなどの大勢のBIG ARTISTたちとつくった歌だ。画面に英語の歌詞もあるので、世界中で傷つき、痛みを抱えた人々を思い、口ずさんでもらいたいと思う。

指揮をしている人がクインシー・ジョーンズだ。諸君、よいお年を。

 

We are the world, we are the children

We are the ones who make a brighter day

So lets start giving

There’s a choice we’re making

We’re saving our own lives

Its true we’ll make a better day

Just you and me

 

僕らは世界とひとつ、僕らは子ども

僕らこそが 輝ける明日を作り出せるんだ

だから与えることを始めよう

僕らの選択が創りだす

それは自分たちの人生を救うことで

それこそが真に良い日々を作るんだ

君と僕からはじめよう

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