2025年03月21日
中学卒業式 校長 式辞
自分が変わる
前略
諸君、中学卒業、おめでとう。
私は、諸君が入学する以前からこう問い、伝え続けてきた。「盈進で一番大切なものは何か」それは「仲間だ」と。諸君はずっと、ここにいる仲間と共にあった。信頼する仲間があって知性と感性が豊かになって大きく成長した。そんな仲間たちをこれからもずっと大切にしてほしい。
盈進は、学園の発展を期し、また、地域社会のご期待に応えるために2022年度から中学校の募集定員を増やした。諸君がその一期生であり、新たなチャレンジャーとパイオニアの歴史を歩み始めた。そして日々、勉学や学級活動、そしてクラブ活動に励んだ。
1月の駅伝大会。毎年、クラスを超えて力いっぱい応援する姿に熱い友情を感じた。また、「キャリアin京都」の報告プレゼンや「修了論文プレゼン大会」での諸君の姿を見て、その内容にとても質の高い中学3年生だということを実感した。私はすべてのプレゼンに感激したが、なかでも修了論文で最高のプレゼンを行った出原心菜(ここな)さんの脳科学に裏付けされた「やる気スイッチの入れ方」には思わず、その構成力と表現力にうなった。
それだけではない。クラブ活動も福山地区はもちろん、広島県レベルで活躍した。文化部も法務大臣賞など全国レベルの評価を受けた。創立記念式典での表彰や、先ほどの表彰がそれを物語る。誇りに思う。
最優秀修了論文の松浦幸愛さん。「ダーク・ツーリズムの賛否」をテーマに、実際に東日本大震災の被災地に行き、震災を伝える伝承館等でアンケートを行い、論理の客観性を補強した。
それに続く優秀論文もそれぞれ、専門家にインタビューをするなどした。いずれも、その行動力と思考力がすばらしい。
読書感想文もすばらしかった。特別校長賞の川上順誓くんはずっと習っているピアノを、校長賞の山本海星くんはクラブ活動でやっているサッカーをベースに、よく本を読み込み、よくまとめた。
読書は、「どう生きるか」という哲学を導いてくれる。みな、これからも本を読んだ。
世界はいま大きな転換点にある。ウウクライナやガザはもとより、世界中で、紛争や抑圧、弾圧が続き、自由、平等、人権、民主主義、法の支配といった普遍的価値さえ揺らいでいる。紛争などでふるさとを追われた難民のキャンプでは、食べものを求める叫び声が飛び交っている。
あまつさえ、気候変動問題や核の脅威は、人類生存の危機であると、日々の暮らしの中で意識せざるを得なくなった。諸君はその現実に直面し、未来を生きていかねばならないのである。
ロシアのウクライナ侵攻は国際法違反である。にもかかわらず、多様性も国際協調も否定する米国の新政権は、ウクライナの大統領を「独裁者」と呼び、支援の見返りに地下資源を求める。本当にそれは正しいことなのか。
戦争終結は誰もが望んでいる。しかし、「力による現状変更」を容認し、公平さを欠けば、法による国際平和の秩序が崩壊する。それは私たちのアジアにも悪影響を及ぼすことだろう。核の脅威も増し、広島や長崎が経験した凄惨極まる歴史が再び起きないという保障はどこにもない。
ロシアの侵攻は世界経済にも波及した。世界のあちこちで物価の上昇と生活の悪化が深刻になった。ヨーロッパでは既存の主要政党に対する不満が高まり、特に移民の排斥など、排外的な極右勢力に支持が急速に広がった。
中東のパレスチナ問題にも飛び火した。停戦とはいえ、ガザの人々のいのちと尊厳は冒され続けている。原因は、長い歴史のなかで解決し得なかった宗教や民族の対立にあるのだが、どうして人間は、悲しみを繰り返すのかと頭を抱えるのは、私だけであろうか。
そんな中、諸君たちが仲間と共に、自主的に先日、すべてのひとが大切にされる平和な世界へ向けて行った「3・11全校集会」や「キャンドル・メッセージの集会」に、私は未来への希望を感じた。
ある日、こんなニュースを聞いて胸が苦しくなった。ガザのシェルターで赤ん坊が生まれた。だが、水も薬品も医療機器もない劣悪な環境で、そのいのちはすぐに消えたという。涙に暮れる母親の嘆きや叫び声は、誰の耳にも聞こえてくるであろう。
そんな時、ふと思い出した。約1年前、諸君といっしょに行った沖縄学習旅行の行き帰りの飛行機で読んだ本を。小川糸さんの『つるかめ助産院』。沖縄が舞台だ。この度、これを再読した。読書で世界が変わるわけではない。だが、私自身が、いのちの尊厳を真ん中にすえて、世界や社会を冷静に見つめるための戒めとしての再読だった。いのち誕生の感動的なシーンである。
ファッファッファッファー……痛みは絶頂に達し、口からは悲鳴しか出ない。このまま体が爆発して、粉々に飛び散ってしまいそうだ。……意識が朦朧として声にならない。体にぐわーっと突風のように痛みが走り、ずるずると赤ちゃんが動いた。導かれるまま両手を差し出すと、手のひらにしっとりと湿った生温かい感触が広がっている。……目を開けると両手に赤ちゃんがのっかっていた。ずっしりと重たい。そのまま胸元へ引き上げると、へその緒がずるずると飛び出てきた……
諸君も私も、諸君の隣にいる誰もがみな、こうして、想像を絶する母の痛みの中からいのちをもらってこの世にいる。なんて尊いことであろうか。いのちの重みと尊厳は、世界中のどこでも誰でも平等である。だから、世界の誰もがみな、誰のいのちであろうとも粗末にしてはならない。
いま「AIとの共存」の時代となった。だが、この痛みと感動を、AIが感じ取ることができるとは、私には思えない。痛みや悲しみや喜びへの共感は、人間に与えられたすばらしい能力であり、その能力は誰もが、いつでも、自分の周りにいる他者へ使われるべきだと私は思う。
現代社会は、分断と対立で激変している。だからこそ、憲法に則り、80年間、戦争をしなかった我が国の歴史を誇りに思い、「平和・ひと・環境を大切にする」心を忘れず、これからも、仲間と共に、自分で考え、自分で行動してほしい。そして、建学の精神「実学の体得」(社会に貢献する人材となる)に基づき、社会や人々のために、それぞれの能力を存分に発揮できるように、これまで以上に、勉学やクラブ活動や行事に熱中してほしい。諸君こそが、明日と未来の希望なのだ。
諸君とは今年度、原則すべての生徒と2回、校長室で面談をした。昼休みと放課後を利用した面談はハードスケジュールだったが、私はあえて諸君との対話を希望した。諸君の日頃の生活や、興味、そして夢や目標を聞きたかった。理由は「私自身が変わる」ためだった。未来からの留学生である諸君の生活実態に学んで、私自身の思考とことばを、現在に適したものに変えなければ、諸君の心に届くことも、響くこともないと感じているからである。
何かを変えたければ、まず自分が変わらなければならない。インド独立の父ガンジーはこう言った。「Be the change you want to see in the world.」(「あなたがこの世界で見たい変化にあなた自身がなりなさい」)と。以前も諸君に伝えたことばである。さあ、高校生活が始まる。これまでの生活に反省する点があったならば、それを改めて、決意新たに、自ら変わるんだよ。
人生の可能性をどれだけ広げられるか。それは自分次第だ。だから、自分が変わる。他者から与えられるものには限界がある。だが、自分が変わり、自分から求めればその可能性は尽きることはない。高校生の諸君にますます期待する。そして諸君が、本当の新しい盈進の、そして、答えのない未知なる新時代の、真のChallengerであり、Pioneerであると信じている。